迷信と信心

文学・芸術

これは169回目。鰯(いわし)の頭も信心から、といいます。もともとは節分に鰯の頭を柊(ひいらぎ)の小枝に刺して、戸口に挿す風習がもとになっているそうです。鬼は、柊のトゲや鰯の臭気が嫌いなんだそうです。

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さらにさかのぼれば、注連縄(しめなわ)として、ナヨシ(ボラ)を柊に飾っていた平安時代の風習に由来するらしい。値打ちのない、つまらないものでも、いったん信じてしまえばありがたく思えるという意味だが、この心持ち次第ということは確かにある。

五節句、というのがある。1月7日(人日、七草)、3月3日(上巳、じょうし)、5月5日(端午)、7月7日(七夕)、9月9日(重陽)の5日間のことだ。なにやらお祭り気分のような受け止め方が一般的だと思うが、もともと陰陽道では呪いの日である。生者(陽)に対して、死者(陰)の気が世間に充満する日が、この5日間だとされた。

そこで、あらぬ亡者に出くわしてひどい目に遭わぬように、七草やちまきを食べたり、菊を酒に浮かべて食したりして体力をつけるという風習が、さまざまな物語に仮託された。雛(ひな)というのも、結局、形代(かたしろ)である。自分の身代わりとして、厄(やく)をしょってもらう。だから、翌日川に流す。この「流す」という行為は、七夕でも短冊をつけた笹を流すところに、その名残がある。もっとも、七夕の場合は「願い」なのだが。

どこまでが本気で、どこまでが気休めなのか。浄土真宗の寺では、仏滅でも平気で結婚式を行なう。一般的に仏滅は「縁起が悪い」とされるが、そうした風習を「迷信」として一刀両断に切って捨てるのは、おそらく仏教宗派の中で浄土真宗くらいのものだろう。方位も家相も、吉凶日もおよそ無視、である。

極端な話が、坊主もいらぬ、数珠も墓もいらぬ、というところまで行き着く勢いなのが、この浄土真宗だ。阿弥陀如来(あみだにょらい)の誓願一つに信仰を傾ければ、何も必要ない、ということなのだろう。三世思想(過去世、現世、来世)が基本の仏教にもかかわらず、どういうわけか「人間、死んだら終わり」と平気でのたまう僧侶すらいたりするから一驚だ。

もっとも、そうは言っても、しょせん人間。簡単に割り切れるものでもない。その浄土真宗の坊さんから、こんな話を聞いたことがある。彼は戦時中、徴兵され中国大陸に一兵卒で送り込まれた。命令一下、一斉に戦友たちと銃剣を携えて突撃するのだが、なにしろ銃弾や砲弾が飛んでくる。数百メートルを全力疾走するわけだが、とてもではないが足がすくむ。

浄土真宗であるから、こんなとき「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」を唱えると思いきや、どうもそれでは本当にあの世に行ってしまうような気がしたらしい。別に走りながら思案したわけではないが、やにわに口から飛び出したのは、なんと「南無八幡(なむはちまん)」だったそうだ。

八幡はご存知、無敵の軍神だ。いやしくも浄土真宗の僧侶として、日ごろ勤行では「南無阿弥陀仏」と連誦しているのだが、究極の危地に立って突いて出てきた言葉が、神道の八幡大神への神頼みだったとは。本人は、いやはやお恥ずかしいと、苦笑いしていた。何が心の支えになるか、分からないものだ。人間の本音というものが一体どこにあるのか、考えさせられる話でもある。



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