これは198回目。グー・チョキ・パーの三すくみで勝敗を決する遊びに、「じゃんけんぽん」があります。この「じゃんけん」“ぽん”が、一応、日本では標準となっています。が、もちろん、「じゃんけん」“ぽい”という表現もあります。アメリカでは、「RPS」と呼ばれる。Rock-paper-scissors(石、紙、ハサミ)なんだそうです。
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この不思議な拳遊びは、意外にも歴史は浅い。日本では江戸時代にそれに似たようなものが散見されるが、どうも専門家によると、現代のようなものとは別物らしい。同じことは、中国でもそうなのだ。何やら、これは日本起源の匂いがプンプンする。
ほとんどの人がこの遊びを知っている国は、日本や韓国、中国、ベトナム、タイ、米国、カナダ、スーダン、ノルウェイといったところ。ある程度知っている人がいる国は、ロシア、モンゴル、豪州、ドイツ、フランス、イギリスなど。知っている人は非常に少ないという国が、インド、メキシコなどとなっている。
現在行なわれている「じゃんけん」は、19世紀後半に誕生したものらしい。ウィーン大学で日本学を研究する『拳の文化史』の著者セップ・リンハルトによると、現在の「じゃんけん」は、江戸時代から明治時代にかけての日本で成立したとしている。『奄美方言分類辞典』には、「奄美に本土(九州)からじゃんけんが伝わったのは明治の末である」と記されており、明治の初期から中期にかけて九州で発明されたとする説を裏付けている。
19世紀に誕生した「じゃんけん」は20世紀に入ると、日本企業の海外進出、柔道など日本武道の世界的普及、日本産のサブカルチャー(漫画、アニメ、コンピュータゲームなど)の隆盛などに伴って急速に世界中に拡がった。戦後もこの流れで、「じゃんけん」が海外に伝播していった可能性がある。
ちなみに、チョキはもともと人差し指と親指を伸ばす数拳での「2」を表す「男チョキ」だったらしいが、日本国内を伝播するうちに人差し指と中指を使う「女チョキ」が派生したという。「じゃんけん」の基と成った遊びの多くが九州を中心とした西日本に多く分布し、古い形態である「男チョキ」も九州を中心とした西日本に多い。韓国でも、「男チョキ」が行なわれている。
海外については、日本と密接な関係を持っていたイギリスの旧植民地などに「じゃんけん」が分布している。日本人の移民や交流で世界各地に広がり、日本との接触が少ない所では、「じゃんけん」は普及していない。南アメリカでも、日本人が入植した地域を中心に「じゃんけん」が行なわれている。
日本や世界一般では、3つある手はそれぞれ「石」「鋏(はさみ)」「紙」に由来すると説明されるが、中国や朝鮮では「紙」ではなく、「布」だ。日本から朝鮮へ伝播した際に「紙」が「布」に置き換わったようだ。これは日本の和紙は薄く大変丈夫であったのに対し、「じゃんけん」が伝わった当時の朝鮮製の紙(韓紙)は分厚くごわごわしており、石を包むことが考えにくかったからだろうと言われる。韓国語の「じゃんけん」の掛け声は、「カウィ(鋏)・バウィ(石)・ボ(布)」だそうだ。
19世紀後半の明治になるまで、鎖国のせいで日本人は海外に出ていなかった。一方、中国はアメリカ大陸横断鉄道建設の労働者など、欧米に早くから多くの移民を送り出していた。それにもかかわらず、中国式の「石」「鋏」「布」が世界標準とならなかったのは、当時の中国人がまだ現在の「じゃんけん」を知らなかったからにほかならない。
中国に現在の「じゃんけん」が伝来したのは、日本の明治以降のことだ。現在の中国や中央アジアでは、未だにほとんど普及していない。中国語では「じゃんけん」の掛け声は、「シートウ(石)・チェンツ(鋏)・プー(布)」だが、高齢者の中には「じゃんけん」そのものを知らない人もいる。
英米などでは、チョキは女チョキしかない。これはどうも、日本の関東から伝播していったらしい。このグー・チョキ・パーは、ほぼ日本語そのものであることは分かるが、問題は「じゃんけん」“ぽん”(あるいは“ぽい”)」のほうだ。いったい、この“呪文”は何なのか。
仏教語起源をはじめ、さまざまな論考がなされているが、未だにはっきりとした定説がない。中国や韓国では、彼らの言語に掛け声が置き換えられていったし、欧米では要するに、123(ワン・ツー・スリー)という掛け声に置き換えられていったようだ。面白いことに、「あいこでしょ」は、456、789と続くケースが多い。「じゃんけんぽん」「じゃんけんぽい」のまま、伝播していったところでは、たとえばフィリピンでは、「じゃんけんぽい」とそのまま使っている。あるいは「Jack and Poy」という掛け声だ。
どうでもいい話なのだが、こんなことを言うと、これまた隣の国あたりからは、「何言ってんだ、我が国が起源で、日本に伝えてやったのだ」と、怒られそうだが。