女の眉が、景気を映す

歴史・戦史


これは103回目。投資理論には、学者に多い「効率性市場仮説」というのがあります。バートン・マルキールの「ウォール街のランダムウォーカー」で大変有名になった考え方です。この本の中に、とても気になるアノマリー(説明不能だが、なぜか繰り返す似たような現象)が書いてあります。

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女性の眉毛と景気の関係です。一応、このテーマに至った導線を、(いささか固い話からだが)まずは書き始めようと思う。

あまりこの分野に興味のない方のために書いておくと、「効率性市場仮説」とは、いかつい名称なのだが、要するに、「どんなに運用者が優れていても、どんなツールやプログラムをつくったところで、市場の動きそのものに勝るパフォーマンスを出せるということは無い」、という理論である。運用技術を磨こうが、どんな努力をしようが、しょせん無駄だ、という理論である。とても理論などと言えたものではない。わたしはそう思う。

このアカデミズム中心に多いこの考え方が、70年代以降、いわゆるインデックス型(指数連動型)ファンド隆盛の時代をつくっていった。ひたすら指数(日経平均や、NYダウなど)に連動するファンドの組成だ。

それまでファンド運用といったら、ピーター・リンチのような天才が行うアクティブ型ファンドが主流だったが、70年代を境に、安易なインデックス型ファンドが大勢を占めるようになっていったのだ。現在人気のETFなどというものも、その成れの果てだ。

素人が資産運用をしようというときには、一見確かに便利は便利だが、その代わり、相場というものに安易な取組方をさせる風潮を大いに助長する結果となったことはいうまでもない。そもそも、暴落や、年に一度や二度はある、肝を冷やすような急落に対して、ほとんどのファンドは無力である。

そういう意味では、それまで市場や相場というものにまったく無縁だった個人に、ひたすら暴落に無防備なファンド群を推奨し、あたかもそれが貯蓄であるかのような偽装を凝らしている金融業界というのは、よくよく罪深い商売だ。

それはさておき、上記の「ウォール街のランダムウォーカー」には、さまざまな投資理論に対する批判が書かれている。その批判の対象とされているものの一つとして、都市伝説的なジンクスも槍玉に挙げられている。

たとえば、眉毛の太さ、細さで、景気循環がわかるという都市伝説だ。マルキールはこれを、典型的な迷信であると切り捨てているが、本当にそうなのであろうか。

昔から、たとえば、スカートの丈の長さで、景気循環がわかるという都市伝説もまことしやかに語られてきたが、これもマルキールに言わせれば、ただの迷信らしい。

もちろん実際の投資にこうした「迷信」が使えるかどうか疑問は多いものの、社会的傾向はこうしたものに、現れていないとは、けして否定できないように思うのだが、どうだろうか。

ネットに出ていた話を一つここで紹介しよう。資生堂研究所のトップヘア&メーキャップアーティスト鈴木節子さんという女性が、1920年から現在までのメイクのトレンドを再現した「日本女性の化粧の変遷100年」というものがある。

景気との関係はさておき、日本社会のムードが「女性の眉」になにかしらの影響を与えている事実が浮かび上がるから、面白い。

まずは戦前、1920年代は「細く下がった眉」、30年代も細さはキープされ、「アーチ型の眉」が流行した。この「第1次細眉ブーム」とも言うべき時代に、日本経済はどうかというと、明治維新以降でおそらくもっとも暗い時代だったといえる。

ちょうど、第一次世界大戦後の特需が終焉し、いわゆる「戦後恐慌」を迎え、1923年の関東大震災、1929年の世界大恐慌でさらに追い討ちをかけられる。1931年には満州事変だが、ここから大陸進出が激しくなっていき、一部の製造業は特需があったものの、とくに農村や一般庶民の暮らしは、困窮をきわめていく。

第二次大戦を経て、戦後復興に沸く1950年代の日本では、オードリー・ヘプバーンやエリザベス・テーラーというハリウッド女優への憧れから、「意志の強そうな角型の太い眉」が人気となる。この太眉ブームは高度経済成長期に入ってからも継続し、60年代は「立体的な眼の大きな西洋人モデルのようなアイメイクキャップが流行」する。

そんな「第1次太眉ブーム」を経て、女性たちの眉が再びスリムになるのが1970年代。「眉は非常に細く薄く、全体的に退廃的な雰囲気が主流」となる。この時期は、列島改造ブームによる地価高騰に加え、オイル・ショックで物価が不安定になったほか、右肩上がりのGDP成長が終わり、マイナス成長が始まった。赤字国債がスタートしたのもこの「第2次細眉ブーム」だ。

この時代の眉は、戦前の1920年代と比較してもかなり細くて薄い。「日本女性の化粧の変遷100年」に登場するモデルの眉は、もはやあるのかないのか分からないレベルだ。

ところが、にわかにこの眉が、再び太く、濃くなっていく。80年代である。当時のアイドルの写真や動画を見返しても、やはり、非常に太く、濃い眉が全盛を極めるのだ。

松田聖子(たくさん人名が出て来るので、失礼ながら、すべて敬称略でいきます。)も、W(ダブル)浅野もみんな太眉だった。この「第2次太眉ブーム」の時期は言わずもがな、バブル景気は、ジュリアナ東京の狂乱の宴で終焉する。

一世を風靡した太眉バブル女子たちも消えていく。そして、90年代後半に入れ替わるように出てきたのが、安室奈美恵をファッションリーダーとする「茶髪・細眉・小顔メーク」というトレンドだ。

厚底ブーツのアムラーたちが、眉毛をピンセットで抜くのが電車内の風物詩となっていた90年代後半から2000年代前半の「第2次細眉ブーム」も、やはりというかあまり明るい時代ではない。どころか、デフレがそこから90年代、21世紀初頭に向けて、どんどん深化していった。

1995年に阪神大震災、地下鉄サリン事件など人々が「不安」を感じるような悲惨な事件が続いたところに、1997年から消費税が5%にアップ。これが致命傷となった。ITバブルは、まったく現実味がない泡沫現象として終わり、2001年にはアメリカ同時多発テロが発生。第二次湾岸戦争へと投入していく。

ところが、である。その後、2000年代も中盤にさしかっていくと女性たちの眉は再び太眉傾向が強くなっていく。現在にもつながる「第3次太眉ブーム」が始まったのだ。

この発端とかさなるのが、小泉政権の時代だ。景気はけして手放しで良い状態とは言えなかったが、世界的に見ても、中国やロシア、ブラジル、インドといった大人口経済国家が資本主義社会に組み込まれていった時代だから、確かに景気回復への期待感が非常に高まった時期ではある。

小泉元首相が、「自民党をぶっこわす」と放言し、なにか変わるのではないか、という期待感が確かにあったのだ。

2007-8年のサブプライムショックでこの流れにも冷水をかけられたが、アメリカが連銀のウルトラCで、たちまち回復。世界も欧州債務危機に翻弄されながらも、ここ数年間違いなく、右肩上がりの傾向を復活させた。

アベノミクスの成否はともかくとして、データ上は明らかに経済が改善していることを示してきたのだ。

最近では、口もとに色が戻り、太眉の傾向が続いていることより、景気の上向き傾向や好景気への期待が化粧に表れていると捉えることもできるかもしれない。

東日本大震災のダメージの中でも、むしろ「絆」や「がんばろう」などの前向きな言葉があふれた時代でもあった。この「期待」は第2次安倍政権を通じて生きている。

そんな景気回復への期待が強くでた2010年代のメイクトレンドは、資生堂曰く「にわか好景気のバブルリバイバル」。まっすぐな太眉が印象的な「平行眉」や、太いながらもぼかしを入れる「ぽわ眉」など細かい違いはあるものの、基本的には80年代を思わせるような「太眉」がきているというのだ。

この時期の女性ファッション誌や化粧品のCMを賑わせたローラ、水原希子、佐々木希、長澤まさみを見ても、みな眉がわりとしっかりとしている印象である。

「ファッションリーダー」たちの影響なのか、それとも時代が彼女たちをそうさせているのか。

恐るべきは、今後、糸のように細い眉の女性たちの姿を見かける日の再来である。ということで、女性は無理をしてでも絶対に眉を太くしなければならない、という結論に達する。

世の女性陣にくれぐれもお願いする。とにかく、眉を剃らないでください。



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