土用のうなぎ
これは183回目。この週末は土用の丑の日だそうです。どういうわけか、ウナギを食べる方が多いようです。もともと高いものでしたが、近年はまず手が出ません。鯨は、実に懐かしい食べ物ですが、うなるほど美味いと思うかと言われたら、それほどでもありません。しかしウナギは舌がとろけるほど美味いと思います。なので、大問題です。
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土用の丑というが、言うまでもなく土曜のことではない。明日、8月3日はたまたま土曜だが。もともと土用とは、陰陽五行説で、宇宙は木火土金水の5元素から成り立っているというのがあり、各季節の終わり18日間に、土気を当てたことに由来する。土の気というのはの季節が盛んなことを指すため、中国語の土王とか、土旺という言葉が、発音が訛ったのか「どよう」になったらしい。
と、面倒な「土用」の説明はこのへんにしておき、なぜ土用の丑の日には鰻なのか、ということだ。これは「土用の丑の日」という「つくり話」が元になっている。土の気が始まり、最初に丑の日が到来するところで、鰻を食べるわけだが、これは幕末の平賀源内が勝手につくった話である。
もともと鰻を食べる習慣についての由来には諸説ある。実際のところ、どれも眉唾(まゆつば)なのだが、一番有名な俗説としては、讃岐国出身の平賀源内( 1728~1780年)が発案したという説だ。
それによると、商売がうまく行かない鰻屋が源内に相談したところ、「本日丑の日」と書いて店先に貼れと薦めた。すると大変繁盛し、他の鰻屋もそれを真似るようになり、土用の丑の日に鰻を食べる風習が定着したというのだ。
なぜその張り紙が効力を持ったかは定かではない。ただ、「丑の日に『う』の字が附く物を食べると夏負けしない」という風習は確かにあったそうだ。今ではほとんど見られないが、梅干(クエン酸)や瓜(カリウム)を夏バテ防止に食する習慣も、経験則からあったようだ。
実際、鰻にはビタミンA・B群が豊富に含まれているため、同様に夏バテ、食欲減退防止の効果が期待できる。もっとも、冬眠に備えて身に養分を貯える晩秋から初冬にかけての時期が、鰻の旬だとのこと。秋から春の鰻と比べてみても、やはり夏のものは味が落ちるという。言ってみれば、源内にずっとみんなだまされ続けてきたわけだ。
「うなぎ」は、もともと古名を「むなぎ」と言ったそうだ。万葉集にはまさに「むなぎ」とある。「む」というのは、「身」を意味し、「なぎ」は「長(い)」からとする説が有力だ。だから、「あなご」の「なご」とは語源的には同一かもしれない。
しかし、厄介なのは「蒲焼」だろうか。これは分かったような分からないような話である。要するに、昔は開かずに竹串に刺して丸焼きにしていたが、その形が「蒲(がま)の穂」に似ていたことから「がま焼き」と言われ、転訛(てんか)して「かばやき」になったとする説が有力だそうだが。ほかにも諸説はある。
余談だが、かつて台湾に長いこと出張を繰り返していた時期があるのだが、台北には、鰻の蒲焼を食わせる有名な店があった。台湾人がやっていて、その店構えは戦前からある廃屋然とした風情だったが、なにしろ美味かった。長期出張のときには重宝したものだ。肝吸い、肝焼きまで出てくるのだからたまらない。地元の人間でいつ行っても大入り満員だった。
さて、延々と土用の丑の日に食べる鰻の蒲焼について記述してきたが、書きたいことはこの先にある。鰻は嗅覚がきわめて発達しており、その感度は犬に相当するくらいだというから凄い。
このうち、ニホンウナギは昔から生態に謎が多かった。産卵場所が、マリアナ諸島沖の海山であることを、東京大学海洋研究所行動生態研究室のチームが突き止めた。鰻そのものは世界で18種類いるが、産卵場所は特定されておらず、世界中のどの鰻においても、卵や産卵中の親鰻は見つかっていなかった。
研究チームは、孵化して2日後のウナギ( 7ミリ以下)を、約400匹採取することに成功。周辺の海流速度などから、産卵場所を突き止めたのだ。遺伝子解析の結果、ニホンウナギであることが確認されている。マリアナ海溝といったら、浜松から3000キロメートルもある。
それを7ミリ以下の稚魚が、えっちらおっちらと黒潮に乗って日本までやってきては河を遡り、成魚となり、やがてまた海へ下ってマリアナ沖まで産卵に行くわけだ。この話を聞くと、鰻を食べれば精がつくのもうなずける。
鰻の完全養殖は、すでに日本で1970年代に成功例があるが、コスト面などの点から産業として実用化するまでには至っていない。しかし、産卵場所が分かっており、何を食べているのかといったような問題から、さまざまな謎が解き明かされつつあるから、今後が楽しみだ。完全養殖の実用化に成功すれば、中国産の鰻などを食べずとも、よくなるかもしれない。
そんなことをあれこれ考えていたら、23日の日経新聞に「長さ40cmの特大蒲焼」という記事があった。(わたしは、掛け値無く、「日経新聞購読は、国民の義務である」と信じている)
通常の2倍の超独代ウナギが登場しているのだそうだ。生産者は3倍の期間をかけて大切に育てたそうだ。身が厚く脂も乗っているそうだ。
1尾5400円と、通常の蒲焼3024円より高いのだが、3-4人でシェアできるという。
とくに関東ではやわらかい触感が好まれるそうで(わたしはそうでもないが)、ウナギがあまり育ちすぎると皮も骨も硬くなり、口当たりが悪くなる。したがって、業者は稚魚を養殖池に入れてだいたい半年で出荷するのが普通なんだそうだ。
ところが今回記事にあった超特大ウナギは餌などを工夫して、1年半かけて大きく太らせ、おまけに骨も肉もやわらかく育てることに成功した。
すごいものだ、日本人というのは。なにをやらせても、結局壁を超えていく。執念というか、こだわりというか。およそ、ほかの国ではこの国ほどの「しつこさ」は見出せないだろう。
ちなみに(異論はあるだろうが)、北大路魯山人によれば、東京の蒸し焼きがどこの鰻の食べ方よりも、一も二もなく美味い、と書いている。私などは、どこでどのように食べても鰻は美味いと思うのだが。
だいたい、美食家(グルメ)というのは、どうかしている。美食を探求した結果、寄生虫に冒された事例は多い。
北大路魯山人は、美食家、食通として有名だったが、ジストマによる肝硬変で死亡している。タニシの生食が原因と推測されているようだ。
人間国宝に認定された歌舞伎役者で、美食家としても知られた八代目坂東三津五郎は、嫌がる板前に無理に調理させた好物の河豚(ふぐ)の肝にあたって死亡したことで、その名が後代にまで広く知られるようになってしまった。
やはり、こだわりもほどほどということか。それはともかく、土用の丑ならぬ土用の鰻も今や夏の風物詩だ。たっぷりとご堪能あれ。