職務質問を受けたことがありますか?

雑話

これは146回目。非常に不愉快な話なのです。わたしは、ある時期、異常なほど集中的に職質を受けたことがあるのです。そんなにわたしは怪しいですか。

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わたしは、生涯で合計10回の職務質問をされたことがある。まったくほめられた話ではない。10回である。なかなかいないのではないだろうか。

もっとも、そのうち9回は致し方ないといったら致し方ないのである。地元の警察署に近いルートを、日常的に自転車通勤していた頃なのだ。しかも、夜はしょっちゅう無灯火で走っていた。これはとがめられても仕方がない。

自転車の盗難届との照合をされるので、いつもそれなりに時間がかかり、辟易としたものだ。しかし、自分が悪いのだ。文句は言えない。

しかしである。10回目はそうはいかないのだ。日曜日の真昼間である。やはり自転車で会社に行く途中のことだ。

警官に呼び止められた。その一部始終を、だいたいこんな具合のやりとりだったと記憶している。

「すみません、旦那さん、ちょっといいですか」
「(もうこの時点でわたしはかなりムカついていた)なんですか?。」
「ええ、ちょっと。お時間とらせませんので。どちらへ?」
「え? 会社。このすぐ先にあるんですよ。それがなにか。」
「お住まいも、自転車だからこのお近くですか。」
「そうですよ。」
「どこにお住まい?」
「〇〇一丁目の△△」

(警官は、ちょこちょこメモってる)

「これ、旦那さんの自転車ですか?」
「はあ、そうです。いや、家内のです。登録だったら、家内の名前になっていると思います。」
「奥さん? はあ・・・ああ、そうですか。ちょっと、確認させてくだい。」
「どうぞ。」
・・・

一応、容疑は晴れた。しかし、わたしはどうも釈然としなかったのである。真昼間だ。無灯火で見とがめられたわけではない。そこで、聞いてみた。

「おまわりさん、ちょっと後学のために、お聞きしたいですがね。」
「ええ、なんでしょう。」
「なんで、怪しいって思ったですか? いや、怒ってるんじゃなくてね、本当に教えてほしいんですよ。わたしね、もうこの数年で9回も職質受けてるんです。これで10回目ですよ。どこが怪しいって思ったんですかね。」
「いやいや、そんなことはありません。ちょっとうかがっただけで。」
「そんなはずないでしょ。怪しいと思わなきゃ、わざわざ走ってる自転車止めるわけないでしょ。どこか、このおやじ、変だぞ、って思ったはずだ。」
「もうしわけないです。そんなつもりじゃないんですよ。」

(このへんから、だんだんわたしの語気が荒くなってくる)

「そんなつもりじゃない、ってことはあないでしょ。おかしいじゃないの、それ。どう見ても、変だと思ったから、止めたんでしょ。なに、ね、あんたに怒ってるじゃないんだ。あんたは仕事をしているだけなんだよ。それをどうこう言うつもりはないんだ。ただね、これだけ職質されるとさ、自分でもね、見た目、どこか怪しいと思わせるものがあるんじゃないかと思ってね。これから気をつけられることなら、気をつけようってことなんですよ。ね。だから、ちゃんと教えてよ。わたしのさ、どこが変だったのかね。恰好かい? それとも挙動かい? それとも雰囲気とかさ、なんかあるでしょ。根拠がさ。」
「いやいや、本当に怒らせてしまったんなら、申し訳ないです。変なとこなんてないですよ。大変失礼しました。」

(こうなると、どっちが尋問しているのかわからなくなってくる。わたしの語気は、エスカレートして、ある意味絶好調である)

「だからさ、あなたが謝るこたあないんだよ。おれが教えてくれって言ってるんだ。だから、隠さないで教えておくれよ。このままわけわかんないまま、また職質されるんじゃたまらんってわけですよ。ね、わかるだろ、この中途半端な気持ちがさあ。」
「ほんとにほんとに、変なとこなんてありません。」

(わたしはほとんど噴火している。)

「ないわけないだろうが。なかったら、どうして止めたんだよ。おかしいだろ。どっか、おかしいはずだ。おれはおかしいんだよ。な、絶対おかしいはずなんだ。だから、それをどうか教えてくれって頼んでるのに、どうしてそういじわるするんだ。え? 本署に行かないと、教えてくれないとでもいうのか。ええ?」
「もうほんとに、勘弁してください。悪気があったわけじゃないんですよ。」

(若いおまわりは、半べそとは言わないが、防戦一方に回る。これが彼らの手だ。)

「誰も、あんたが悪意でやったなんて言ってないだろうが。あんたは、任務を遂行しているだけなんだよ。そんなこたあわかってる。だれも、それをどうのこうの言ってないだろうが。そうじゃないんだ。なんであんたが、おれを職質しようとしたか、っていうその動機だよ。な。それを教えてくれっていうんだ。じゃないと、またおれはこれから困るだろうが。」
「そこんとこは、企業秘密ってことで・・・」
「ははああ、そうきたか。なるほどな。どうあっても、白状しねえってんだな。そうか。わかった。警察っていう組織がどういうもんか、わかってきたぞ。じゃあな。俺は行くぞ
。」
「まことにすみませんでした。お手間取らせました。」
「だからさ。おまわりさんが一々謝るなよ。国家権力なんだから、もっと堂々としてろっていうんだ。職質は重要な職務なんだ。それを常習的に受けているこの、くたれた一人の国民が、以後気をつけますから、どう身なりとか、挙動とか、改善したらお国に迷惑かけないですむか、それを指導してくれ、って言ってんのになあ、わからなかなあ、あんた。」
「もう、ほんとにどうぞいらしてください。休日なのに、不快な思いをさせてすみませんでした。」
「こんどあんたに職質されたら、必ずまた聞くからな。ちゃんと、おれが納得できる回答、用意しといてくれよ。いいね。きっとだよ。」

このように当時の会話を思い返してみると、ほとんど逆切れした酔っ払いのおやじが(当時わたしは酔っていなかった。そもそも下戸だ。)、警官にからんでいるていにしか見えない。警官にしてみれば、こういう相手は一番手に負えない、嫌なタイプだろう。その後、5-6年は経っていると思うが、以後、一度も職質をされたことはない。

ちなみに、今年、わたしが務めている経済研究所で、横に座っている同僚(いかにもジェントルマンである)が、職質を受けて憤慨していたのだ。くっくっく、とわたしは心密かに冷たく笑っていたのだ。



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