マナーってなんだ?

雑話

これは8回目。昔々、腹が立ったことを思い出したら、また腹が立ってきたので、書き殴りました。冗談のような独り言です。馬鹿なやつと思って、笑って読み流してください。

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サラリーマン時代、駐在先の香港で、ある若い同僚と四六時中一緒にいることが多かった。これがまた実にマナーにうるさい人間で、すべてが型通りなのだ。当時、私は型は破るためにある、とさえ思っていたくらいであるから、マナーに関しては、ことごとく衝突した。

たとえば、ステーキを食べに行ったときのこと。私は、ステーキを最初から全部切ってしまう。そして、フォーク1本でステーキとライスを食べる。もちろん、欧米人と会食するときに、そんなことはしない。なぜなら、彼らはだれもライスなど食べないからだ。ひたすらステーキだけを食べる。いちいち、ナイフとフォークを持ち替える必要がないのだ。

同僚に言わせると、そういう問題じゃない、という。つまり、ステーキを食べる分だけ切るのがマナーだそうで、それはできるだけステーキ全体が冷めないようにするためだ、と。それこそがシェフに対する心遣いだ、という。

この発言は、私にとっては噴飯ものだった。シェフがどうとか、知ったことではない。私は食べたいものを食べたいように食べる、それだけだ。そして、相手が欧米人のときだけはライスを食べることがないので、彼らと同じように食べる分だけ切って口に運ぶ。結果的にそうしているだけだ。主食と副食という概念がまったくない欧米人と、ステーキを「おかず」にしてご飯を食べる私とでは、どだい食べ方は違って当たり前。箸を使って食いたいくらいだ。怒りのあまり、「この非国民め」と罵ってやった。

まだある。たとえば、肉料理のときには赤ワインで、魚料理のときには白ワインだ、というあれだ。私が魚料理のときにも平気で赤ワインをとったのを、同僚は見とがめたのである。要するに、味わいが濃厚な肉には赤ワインを、淡白な魚には白ワインを飲むことで、料理の味を殺さないように心配りすべきだ、というわけだ。

こうなると、もう我慢がならない。一体、誰がそう決めたのだ。魚料理に赤ワインで、何が悪い。総理大臣がそう言ったのか。学校の先生か。それとも、連銀議長がFOMCでそう言ったのか、とばかばかしいほどムキになって詰め寄ったものだ。

そんなある日、雑誌をパラパラと見ていたら、面白い写真が掲載されていた。ポルトガルかスペイン(どちらか今では忘れてしまった)の、ある小さな漁港の、それも日常の風景だった。漁が終わって、漁師たちは朝食をとっている様子だ。埠頭の先で、日本の七輪と同じようなもので火を起こし、イワシの類を何本か串刺しにして、丸ごと塩焼きにしている。それを堅そうなパンと一緒に、実にうまそうに食べているのだ。

驚くべきことに、彼らが飲んでいたのは、ラベルもついていないような(おそらくは自家製の)赤ワインであった。たしかに、あの風景には、赤ワインがよく似合った。その組み合わせは相当美味いだろうと、思わず舌なめずりしたほどだった。あれは、どう考えても赤ワインでなければならない一幅の絵だ。我が意を得たりと、驚喜した。あの若造に報復するチャンスだと確信した。

重ねて問う。一体全体、魚には白と誰が言ったのだ。そもそも、昔は、ワインといったら赤しかなかったではないか。イエスが最後の晩餐で飲んだのは白ワインではない。赤ワインだ。その雑誌を持って、同僚に「どうだ、まいったか」と見せたが、フンと鼻であしらわれた。「だからさ、マナーを知らないんだよ、その漁師たちはさ」の一言でペシャンコになった。にべもない。

どうも、型や形式を軽視してきた自分に猛省しながらも、まだ考えが本当には変わっていない私がいるようだ。一度、真面目にテーブルマナーとやらを勉強したほうがいいかもしれない。



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