寿命

歴史・戦史


これは223回。寿司の寿命は、どのくらいでしょうか。回転寿司大手のスシローが、店内でICタグによる鮮度管理を行なっています。それによると、「寿司の寿命は350メートル」だそうです。回転レールの上で350メートル走った寿司は、自動廃棄されているといいます。

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生き物ではないが、香水の寿命というものもあるらしい。フタを開けるたびごとにアルコール分が消えて、どんどん濃縮されてしまうそうだ。

かつて人間の寿命は短かったが、還暦(60歳)、古希(70歳)、喜寿(77歳)、傘寿(80歳)、米寿(88歳)、卒寿(90歳)と、古くから長寿のランク付けがあったのは面白い。なにしろ、白寿(99歳)もある。これは百という字から、一の字を消すという意味である。

ところが100歳には、そのような“名称”がない。百寿、上寿、百賀などいくつか呼び名はあるが、特別な由来があるわけではない。問題はその先だ。驚くなかれ、まだ100歳より先の名称があるのだ。茶寿(108歳)、皇寿・川寿(111歳)、珍寿(112歳)、そして、なんといっても118歳の天寿である。「天寿を全うした」とはよく聞く言葉だが、亡くなった人が118歳に達していなかったら、全うしていないことになる。きわめつけは、「大還暦」といわれるもので、121歳(満120歳)というのがある。それはそうだろう。還暦を二回迎えるわけだから、これは凄い。

いったい、そこまで人間は生きられるものなのだろうか。いろいろ調べてみると、どうも徳之島の泉重千代(いずみしげちよ)さんは、120歳と237日で大往生と言われているから(1865~1986年)、天寿(118歳)を全うした上に、さらに大還暦を迎えたわけだ。生年月日の不確かさなどを疑う向きもあるが、おそらく、ここまでの長寿、記録として信頼性のあるのは、日本ではこの泉重千代さんだけだろう。

もう一人、これに継ぐ人では、1964年(昭和39年)に118歳で亡くなった山梨県大月市の小林やと(「やそ」という表記も見られる)さんという、女性の日本最高記録保持者がいた。今後、DNAをいじくり回すことによって、どれだけ人間の寿命は伸びることだろうか。かつて、ロシアの作家・ツルゲーネフが、こう言った。
「死ぬのは恐ろしい。死なないのは、もっと恐ろしい。」

実は、哺乳類には「心拍数と寿命は反比例し、一生の総心拍数は約20億拍で一定」との説がある。ねずみの心拍数は1分当たり600拍で寿命は2~3年、ゾウの心拍数は20拍で寿命は70年位だそうだ。

ダーウィンが、1835年にガラパゴスから持ち帰ったゾウガメ「ハリエット」は、推定175歳で死んだ。もっとも、このハリエット、ダーウィンが捕獲したときには、まだ食器皿くらいだったという。ところが、100年以上経った後に、DNA検査でダーウィンが立ち寄らなかった島(サンタクルス)の固有種であることが発覚。どうやら、ダーウィンが持ち帰ったカメではないということが判明した。

それでも、動物園や管理者、あるいは昔の所有者たちの記録を遡っていくと、このハリエット、ダーウィンが捕獲したものではないにしろ、最低でも170歳以上であることは間違いないらしい。

ゾウガメの計算寿命は146歳。爬虫類ではあるが、哺乳類の心拍数と寿命の計算に、概ね合致する。ハリエット以外に、もっと長生きしたカメがいる。18世紀の探検家、ジェームズ・クックによってトンガ王室に献上された、マダガスカル産のホウシャガメだ。「トゥイ・マリラ」という名前なのだが、1777年ごろから1965年まで生きたため、188歳ということになる。今では、剥製になっている。

しかし、上には上がいる。インドのカルカッタ動物園で飼育されていた、アルダブラゾウガメである。「アドワイチャ」という名前がつけられたそのカメは、18世紀にセイシェル諸島で捕獲され、イギリス東インド会社の将校ロバート・クライブのペットとして過ごした。その後、クライブが帰国すると人手に渡り、1875年にカルカッタの動物園で飼育されるようになってからは、そこで約130年過ごした。2006年に肝不全で死んだが、動物園の記録から少なくとも150年以上生きたことは確実。それ以前の記録をつなぎ合わせると、実に250年以上生きた可能性があると考えられている。

一言で250年というが、とんでもない時間だ。クライブがプラッシーの戦いで、インドにおける英国支配を完全に成し遂げたのが1757年。その前後からアドワイチャが飼われたとすると、ほぼ250年生きた計算になる。

ゾウガメのアドワイチャが生まれた1757年前頃から、その後の世界と日本では何が起きただろうか。アドワイチャが17歳のとき『解体新書』が書かれ(1774年)、19歳のときアメリカが独立(1776年)。32歳のときフランス革命があり(1789年)、58歳のときナポレオン帝国が崩壊(1815年)。ペリーが浦賀に来航したのは96歳のときで(1853年)、南北戦争が始まったのは104歳のときだった(1861年)。111歳で明治維新(1868年)、120歳のとき西南戦争が起こったことになる(1877年)。120歳までの寿命なら、さしづめ泉重千代さんだ。

ところが、アドワイチャはまだまだ生きた。147歳で日露戦争(1904年)、160歳でロシア革命(1917年)、182歳で第二次大戦勃発。193歳で朝鮮戦争(1950年)、218歳でベトナム戦争が終了(1975年)。234歳でソ連崩壊(1991年)、そして2006年、小泉内閣が退陣した頃、250歳でその長い長い生涯を閉じたことになる。

さきほどの心拍数と寿命の計算式を、そのまま人間に当てはめると計算寿命は54歳。日本人の平均寿命は女性86.41歳、男性79.94歳(2012年)だが、これは医療と食生活の進歩によることが大きい。心拍数と寿命の計算式を信じるなら、ゾウガメの長寿の秘訣は心拍数にある。私たち人間も、もっと長生きしたいのならジョギングやウォーキングなどせずに、心拍数を減らす努力が必要になるのだが……。



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