繁栄は虚構の上に成立する
これは418回目。
類の歴史は繁栄と荒廃の繰り返しでした。繁栄を支えているものは何なのでしょうか。
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『サピエンス全史』という名著がある。コヴァル・ノア・ハラルというイスラエルの歴史学者が書いたものだ。まだ44歳だが、気鋭の歴史家だ。
専門は世界史とマクロ・ヒストリー(歴史の究極的な法則性を探求し、長期的・巨視的な傾向を見いだそうとする学問)だ。
彼によれば、ホモサピエンス(現生人類)の大繁栄をささえてきた力は、虚構、あるいは神話を社会で共有する力だったという。
典型的な例は紙切れでしかない「通貨」だ。この燃やせば、いとも簡単に亡くなってしまい、指で破くこともできる紙切れのために、わたしたちは身を粉にして働くことができる。
不思議な動物である。ツケ、信用創造、そういった「約束事」を信じて社会が機能しているのは、人間以外には無い。
しかし、科学技術や金融理論が進歩することで、この虚構の部分は肥大化に肥大化を重ねてきた。実体の経済や社会の進歩はそれに到底ついていけていない。
利益を最大限に効率化しようというあくなき欲求が、この虚構の世界と実体との乖離をどんどん拡大させていく。
ときに人間も過ちを犯す。そのたびに、暴落や恐慌状態というものは、歴史上、どんどん悪質で激烈化を続けてきたのだ。
人間が意図的に作ったツールや仕組みに、人間が復讐されるこうした暴落や恐慌状態であればまだよい。なにが敵で、なにが原因かがわかるからだ。
しかし、見えない敵は厄介だ。たとえば今世界で猖獗をきわめているウイルスだ。
4世紀には、飛行機もクルーズ船もなかったというのに、黒死病(ペスト)は10年でユーラシア大陸の人口の四半分を超える7500万~2億人を殺した。
1520年3月、フランシスコ・デ・エギアという、たった1人の天然痘ウイルス保有者がメキシコに上陸した。電車もバスも、ロバさえいなかったのに、天然痘は12月までに人口の3分の1を殺した。
1918年には、スペイン風邪が数か月のうちに世界の隅々まで拡がり、5億もの人が感染した。これは当時の人口の4分の1を超える。インドでは人口の5%、タヒチ島では14%、サモア諸島では20%が亡くなったと推定されている。1年もたたないうちに、4000万人を殺した。
当時4年続いた第一次大戦における、全戦死者数16,563,868人を上回る。この戦死者数は、参戦国家総人口の 1.75%に当たるが、スペイン風邪の致死率は比較にならないくらい大きい。
科学技術の進歩で、人の移動は人類史上最高の水準に達している。だから予期せぬ疾病のパンデミック(大流行)に対して、これほど脆弱になっている時代も無い。
ところが一方で遠隔通信や操作・作業も過去最高の水準に達している。矛盾するこの科学技術の進歩は、一時的な人口移動抑制には十分耐えられるほどの能力を培い始めている。
今日の日経一面には、善意の一本のSNS発信がトイレットペーパー騒ぎを引き起こしたとして、情報パンデミックの発生リスクを抑えるべきだという論調が掲載されていた。
それも確かに一面であると思うが、わたしは基本、個人であろうとメディアであろうと、発信自体善意であれば、間違っていようとどうであると自由に発信し続けてよいと思っている。(もちろん、悪意のデマ情報拡散はアウトだ)
間違いのリスクを恐れで自由が損なわれるほど恐ろしいものはない。問題は受け止める側の問題だ。市場でもメディアでもなんでもそうだと思っている。
それは避けて通れないからだ。重要なのは、前回引用したスティーブ・ジョブスの遺言の通りだ。「教養」に行きつく。受けた側の人間が、どうアクションを起こすのか起こさないのかにかかっているのだ。
さあ、疾病が勝つか。人類が勝つか。答えは、後者でなければならない。