怪談~なぜ繰り返すのか?
これは431回目。怪談です。わたしの実体験には、まず聞いておぞましい話というものはありません。不思議な話は結構ありますが、身の毛がよだつ、という話はないのです。
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たぶん、以前、書いたことがないと思うので、書いてみる。
21世紀に入った頃の話だと記憶しているが、正確に何年かは定かではない。
仕事の提携先の会社が、都内に支店を持っていて、そこの営業課長と夜、会食したときに聞いた話だ。
その3-4年前と言っていたと思うが、札幌支店に転勤になった。妻と赤ん坊をつれて赴任したわけだが、支店のほうで手配してくれていた「借り上げ社宅」のマンションに入り込んだ。
住み始めてから、一ヶ月とか二ヶ月とか経過した頃だったようだ。
基本的に彼はよく酒を飲む。毎晩といっていいほど、会社の連中と飲んで帰るのだ。その夜もそうだった。
たいてい零時過ぎになるので、妻は赤ん坊といっしょに玄関から入ったすぐの部屋でもう寝ている。
彼は二人を起こさないように、二人の部屋には入らずに、キッチンを迂回して、一番ベランダ側にある部屋へいく。いつも布団は妻が敷いてくれてあるので、潜り込んで寝る。
その夜、同じように布団に潜りこんだ。
まだ眠りに落ちていない。どころか、布団に入って1分、2分というていどしかたっていない。キッチンでガタンと椅子が倒れるような音がした。
彼は妻が起きて、キッチンにでも行ったのだろうくらいに思ったそうだ。
すると、キッチンと彼が寝ている部屋のふすまがすーっと開き、女が一人立っているのが見えた。
暗いからよくわからない。ただ、ソバージュのような髪型で、妻とは違う。もっとも風呂上がりだとすれば、暗がりではそんな感じに見えるかもしれない。
するとその女は枕元に座った。しかも、肩が震えており、どうやら泣いているらしいことがわかってきた。
彼は内心穏やかではない。どこぞで自分が悪さしているのが、バレたのだろうか。いや、そんなハズはない。しかし、なぜ泣いているのか?
頭の中でどうどう巡りしているうちに、その女は前かがみになり、彼の顔に自分の顔を近づけてきた。
それは見も知らぬ女の顔だった。うりざね顔で、やや目がきつめの女だったそうだ。
びっくりして跳ね起きたが、女は布団の上でにじり寄ってくる。およそパニックになった彼は、声が出ない。
ただ、うーあーとわめきながら、必死で手や足をばたつかせながら女が近寄ってくるのを撃退しようとした。
すくっと立って、電気をぱっとつけようなどという理性的な判断ができなかったそうだ。
まさに恐慌状態に陥ってしまったわけだ。
女は自分が手足をばたつかせ、殴る、蹴るといったようなことをしているうちに、とうとう背中が壁につきあたってしまい、もう後がない。女はさらににじり寄ってくる。
そのころ、隣の部屋から妻が慌てて起き出してきて、「あなた、どうしたの!」といってなだめるのだが、彼はパニックから戻れない。そして、さんざん妻を殴りつけ、蹴り飛ばしたそうだ。
そのうちようやくわれに返ったが、当然くだんの女はいない。
で、これこれしかじかと話をすると、妻が意外なことを言う。
この前、自分が見た女と、もしかしたら同じかもしれないというのだ。
妻はその夜も赤ん坊と一緒に寝ていた。亭主はいつものようにまだ帰ってきていない。
本人はすでに睡眠に落ちていたわけだが、目が醒めた。というのは、誰かが自分の両足首を握っているのだ。
最初は、遅く帰ってきた亭主がいたずらでもしているんだろうと思い、無視して寝ていたそうだ。
ところが、急にその足がぐいと引っ張り、自分の顔が布団の中に潜り込んでしまった。いささか乱暴だったので、むかつき「ちょっと、あんたなにしてんのよ!」といって上半身ががばっと起こしてみた。
すると、女がはいつくばって、自分の両足首を握っており、それが引っ張っているというのだ。
しかもその女は上半身が壁から出てきており、下半身は壁の向こうにあるらしく、見えない。壁から生えているようなのだ。
ぎゃっと叫んで、足を引っ込めると、女は無表情のまま壁の中にするすると入っていき、消えた。
妻は、夢でも見たんだろうと思ってまた寝たそうである。
こういうとき、女のほうがどうやら肝が座っている。
その話を聞いた彼は、妻と相談し、即刻ここを出ようということになった。
で、スーツケースに身の回りの必要なものだけ詰め込んでマンションから飛び出し、ビジネスホテルに入った。
で、会社が利用していた不動産屋は信用できないというので、自分で別の不動産屋を探し、新たにマンションを借りて、住み始めたそうだ。
夜は二度とあのマンションにいくのはまっぴらなので、土日の昼間、妻といっしょにいって、せっせとものを新しいマンションに移していったそうである。
札幌に転勤中、以前のマンションのことがいつも気になっていたので、ときおり確認してみたのだが、すくなくとも自分たちが出た後、転勤が終わるまでの間は、誰も借り手はいなかったようである。
ちなみに、別の不動産屋から聞いた話だが、そのマンションの部屋というのは、自分たちが入る前、一人のOLが棲んでいたのだが、彼氏に振られたとかでキッチンで首を吊って自殺したという。
最初にガタンと椅子が倒れるような音というのは、そのときの音を再現しているのかもしれない。
いつも不思議なのは、この手の話で、「繰り返す」ということである。この分野の専門家たちに言わせれば、「残留思念」ということにでもなるのだろうが、そういうものが有るのだろうか。
別の言い方を借りれば、その土地、その場所に、強烈な念がこもってしまった場合に、土地や場所自体がそういう念を「記憶」してしまっているのだろうか。
怪談を聞くたびに、いつもこの点が気になるのだが、どうだろうか。
よく、死んだ人が、自分が死んだことがわからずに、なんども自殺を繰り返すといったようなことを聞くのだが、果たしてほんとうにその人は「繰り返し」ているのだろうか。
なにか不自然な気がしてならない。自分が死んだことがわからないなどということがあるのだろうか。
それより、土地や場所が、そのときの強烈な意識や情念などを記憶していると考えるほうが、なんとなくわたしとしはしっくりくるのだが。つまり、それは幽霊といってもいいのだろうが、幽霊本体ではないということだ。ただの記憶、映像が残っているだけなのだ。
いずれにしろ、自分にはこうしたおぞましい怪談が無いので、幸いだとは思っている。これからはわからないが。