見える人、見えてしまった人

怪談, 雑話

これは364回目。怪談です。世の中には、程度の差こそあれ、「見える」人がいます。ふだん見えないんだけど、偶然「見えてしまった」人もいます。

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日常、霊が見えない人でも、「見える」人と一緒にいると、見えるようになってしまうことがあるようだ。「見える」人が、アンテナの役割を果たすのだとも言われる。

以前の同僚の話。小学校6年生のときだという。

彼の母親は、日常的な「見える」人なのだそうで(現在もご健在)。しかし、彼と、2つ下の妹は見えない人なのだ。

日頃から、母親が「あ、いた」と、霊の存在を指摘するのだそうだが、子どもたちにも、ご主人にもまったく見えない。

ところがその日、週末の夕方だったというが、母親が表の軒先の洗濯物を取り込んでいたとき、「ちょっとちょっと、あんたたち、ちょっとこっちに来てごらんよ!」と騒いだ。

結構な剣幕だったので、彼と妹が急いで母親のいる軒先に出てみると、母親が指差した。

彼らの家の隣は、中小企業の工場だったそうだ。境界線には高いコンクリートの壁が立ちはだかっていた。その壁の向こうには工場の屋根が見えている。距離にしても、数mというものでしかない。

平屋の工場設備だったそうだが、その屋根の上になにやら女の人が立っていた。

長い髪、白い和服。お定まりのパターンなのだが、微風にその長い髪がそこはかとなく揺れているのがわかった。

ただ、よく目を凝らしても、足元だけはなにやらぼんやりしていてはっきりしない。

工場の屋根瓦の上に立っているということはわかるのだ。その女はどこか遠くのほうをうつろな目つきでぼんやり見ているという風情だった。

「あれ、なんだろうね?」

母親がそう言う。彼や妹にも、はっきり見えたそうだ。

「女の人」

「だよね・・・」

「なに、あれ?」

「なんだろう?」

三人はじっと、ぼそぼそと「あれは、人なのかな。それともお化けかな。」といったようなことを言い合って見ていたのだが、その時間はかなり長かったようだ。はっきりはしないが、1分、2分ではなかったと。しかし、10分かと言われると、そこまでは長くなかったように思うという。

なにしろ、夜ではない。夕方の、ちょうど夕焼けに西の空が赤く染まっている時間帯だったという。

だんだんそれが暗く、黄昏も濃くなっていくにつれて、その女の姿もゆっくりと、透明になってゆき、次第にほんとうによく目を凝らしてみないと、「いる」とわからないような状態になっていき、最終的には見えなくなったというのだ。

この彼の場合、母親はその後もかなり日常的に霊を見ることがあるそうだたが、彼も妹も、この一回切りで、その後一度も見たことはない、という。

わたしの場合も、幽霊を人の形ではっきりと見たといえるのは、たった二回だが、それも連れ合いが比較的日常的に「見る」人だからだと思う。

アンテナ、なのである。それが、たまにわたしたちのような普段は見えない人と、同期する瞬間があったりもするのだろう。

と思えば、まったく偶然に、通り魔的に見えてしまうときもあるようだ。それも一人でいるときではなく、複数人で同時に見てしまうというケースだ。

これも、元同僚の話だが。先述の同僚とはまた別人の話だ。

大学時代だったというので、年齢からいって、おそらく1977年から1981年の頃の話だと推察される。

祖父が麻雀仲間たちと群馬の温泉に遊びに行き、そこで倒れ、亡くなった。

そこで祖母、母親、そして車を出した彼の3人で現地に向かい、後始末やその後の段取りを行った。

なにしろ、急遽向かったので、当日、泊まる宿も予約していなかった。そこで、すべての処理が終わり、夜も遅くなって、高崎駅近くの川沿いにある小さな古い旅館に飛び込んだのだそうだ。

部屋に落ち着き、三人でしばらくお茶を入れていたとき、いきなり部屋が揺れ始めた。

「地震だ」と3人は思った。が、地震ではなかった。廊下に出てみると、他の部屋もなにも揺れていない。部屋に戻ると、茶箪笥やテーブルの上のもの、障子などがガタガタと揺れている。10分というから、とんでもない長時間である。

3人とも、震える部屋に立ちすくみながら、治まるのを待った。

「この部屋なんかおかしいんじゃないか。妙なところに泊まっちゃったのかな。」と言い合っていたそうだ。

さて就寝後である。

彼が夜中にふと目覚めた。「トイレかな」と思ったが、どうも尿意はない。

3人は、廊下側に彼、真ん中に母親、窓際に祖母という並びで、川の字で寝ていたのだが、彼は廊下側を背にして、つまり母親のほうを向いて、横向きに寝ていたのだ。

すると、妙なものが目に入ってきた。女だ。

丸髷を結った若い和服の女が母親の枕元に正座していたのだ。そしてかがみ込むようにして母親の寝顔をじっと見ていた。

彼は「なんだこりゃ。見間違いか」とおもいつつも、じっとその女を見ているうちに、間違いなくそこに「いる」と確信した。びっくりはしたが、恐怖感はそれほどはなかったという。

やがて、その女は次第にゆっくりと影が薄くなり、消えていったという。時間がどのくらいだったか、よく覚えていないという。

翌日、朝、一番に窓際に寝ていた祖母が妙なことを言い出した。起き抜けに、「昨夜は、えらいものを見た」と言ったのだ。

聞けば、祖母も横向きに、母親のほうを向いて寝ていたらしい。丸髷を結った和服の女が、「あんた(彼の母親)をじっと覗き込んでたよ」と言うのだ。

彼が見たものと、全く同じものを祖母も見ていたことになる。

母親は、なにしろ寝ていたので、女に魅入られていたということを知らない。だから「いやだあ、気持ち悪いなあ」というだけで、その話は終わった。

朝食の準備ができたというので、食堂へいくと、四人分の膳が用意されていた。

そこで彼が「うちは3人だよ」と言うと、仲居が「ええ、構わないんです。気になさらずにいてください」と言われたそうだ。

気にしないではいられまいよ。

彼はそう思ったが、昨夜のこともあるので、おそらくこの宿の人たちはみな周知のことなんだろうな、と思い、その膳に手を合わせ、朝食をとったそうだ。

確かに宿は、なにかを知っているのだろう。

これなどは、交通事故のようなものである。

だいたい怪談というのは、ほとんどの場合、意味不明である。こうこう、こういう理由で、その人が亡霊になって現れた、という、起承転結のはっきりしている話というのは、むしろ珍しいほうである。たいていは、なんだかよくわからない話が多いのである。

見える人というのは、ほんとうに見えるらしい。冒頭で述べたように、その程度は千差万別である。実際、わたしと家内では見え方が違っていた。

家内は日常的に見えるほうだが、たいてい黒い人影である。昼でも夜でも同じだ。たまに、濃い灰色であったり、生霊だろうと本人は言うが、やや肌色がかった場合も、あるそうだ。

ただ、わたしが見たたった二回は、まるで普通の人間が、ライトの下ではっきりくっきり、まったく物理的に存在するようにしか見えなかった。生身の人間と寸分違わなかったのである。

そうした普段から「見る人」の中には、いわゆる心霊ビデオを見て、「あ、これは嘘。つくりものだ。あれ、こりゃ本物だな。」と見分けていくのが楽しいという人がいる。

うちの家内は「見る人」ということになるわけだが、「見えない」わたしは、当時、レンタルが始まっていた「ほんとうにあった呪いのビデオ」というシリーズがあり、よく見ていたのだ。

家内と一緒に見ていると、たいていは「フェイク、フェイク。そんな風には出てこない」と片っ端から否定するのが常だった。この分別を聞いているのが面白かったのだ。たまに、「う~ん、これは本物かもしれないなあ」と言ったりしていた。

実際そういうものらしい。そのシリーズを制作している側の営業員と知り合ったことがあり、9割以上がつくりものだ、と言っていた。

なあんだそうか、とがっかりする一方で、でも1割は本物なのか、とも思ったものだ。

確かにその時、その営業員は、「ただね、われわれ作った側でしょ。だからどれがつくりもので、どれが本物か知っているわけですよ。それだけに結構怖いんですよね。」と意味深長なことを言っていたのだ。

で、話は元に戻るが、家内と一連の「ほんとうにあった呪いのビデオ」の連作をしょっちゅう借りてきては見ていたのだが、一度だけ、とんでもないことが起こったのだ。

「ほんとうにあった呪いのビデオ」の第26巻。いくつか、投稿されてきたホームビデオが紹介されているのだが、その中に大学生たちのサークルであろうか、どこぞのロッジに集まって、輪になってみんなで自己紹介をしている様子を映したものがある。

そのビデオは、さんざんこの種のものを見ていたわたしでも、ゾッとする内容なのだが、家内はそのビデオが始まる前から、だんだん鳥肌が立ってきて、頭痛がいきなりし始め、気分がみるみる悪くなっていった。

「おかしい。このビデオは、おかしいよ。どれだろ。嫌だな。」とぶつぶつ言い始めた。

そして、その問題のビデオにさしかかった。幽霊がその1「作品」には3回登場するのだが、3回目、一番幽霊がカメラに接近した瞬間に、とうとう家内は嘔吐した。

「これは、だめだよ。本物だ。人に見せちゃいけないビデオだよ。」

といって、ビデオを消した。

たぶん、「見える人」が嘔吐して、そう言うのだから、そうなのだろう。本物でも、さして悪影響のないものもあるのだろうが、彼女いわくは、これは「悪いビデオだ」と言う。

本物を見たければ、「ほんとうにあった呪いのビデオ」第26巻をご覧になったらどうだろうか。大学生のサークルの様子を映し出しているものは、その中に一つしかない。さて、何が起きるか、保証はしない。



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