レジーム・チェンジ~革命は常に、南から

政治・経済, 歴史・戦史

これは401回目。2020年3月3日に書いたものです。

中国の地政学リスクというものは、歴史的には北から起こる場合と、南から起こる場合と、二通りあります。今回は、南からです。つまり・・・

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中華世界は、つねに王朝の交代で社会全体に大きく激震が起こった。

北からの場合と、南からの場合だ。

北から起きる場合というのは、常に異民族流入・侵攻である。

これは「征服王朝」と俗にいわれるものだが、遼・金・元・清の4王朝。これら4王朝のうち中国全土を支配したのは後二者。

金は北半分のみ、遼に至ってはほぼ辺境王国に近いが、現在の北京などを含む重要区域に食い込んで多数の漢民族を長期間支配した。

元、清はご存知、中国全土を支配した。

いずれも、北方から侵攻して、漢民族国家を足下に置いたのである。

このリスクというものは、ほぼ現在中国においてはゼロに近い。ロシアが南進してくれば話は別だが、およそそんな余裕などロシアにはない。

問題は、南からである。これは、漢民族自体が、既存の体制に対して反旗を翻す場合である。内乱だ。これはどういうわけか、常に南から起こっている。

もちろん中世以前は、漢民族の文明地域は河北地域を中心とする中原地帯であったから、あまり南方地域が時代回転の主導権を握ることは無かったが、近現代は明らかに南方が地雷になっている。

1851年、清朝末期に、キリスト教徒の洪秀全が太平天国の乱を起こし、中国南部の広域に反乱が拡大した。このときは、広東省の西隣・広西で蜂起が発生している。

しかし、洪秀全は広州人である。太平天国の乱は、中央政府打倒を目指し、まず武漢を落とし、南京まで攻め落とし、清朝の国勢を大いに弱体化させる要因となった。(1863年に鎮圧される。ちょうど日本では幕末・維新、アメリカでは南北戦争中である。)

その後、1894年、日清戦争で、まさかの敗戦となったことがきっかけとなり、清朝支配下の中国では再び反乱が起こった。

1895年の広州起義である。広東省は中国本土の最南部だが、ここが支配政権に対する地殻変動の深奥部である。

この後、孫文の国民党派にしろ、共産系にしろ、広東から火の手が上がるケースが頻発していく。とくに有名なのは、国民党派が2度に渡って武装闘争を行った「北伐」である。

(北伐軍のエリートを養成した、広東の黄埔軍官学校)

北伐

おもに、中央政府に対する反旗というものは、揚子江南部に発信源を持つケースが多い。広東省以外でとくに多いのは、四川省(成都・重慶)である。

広東省にしろ、四川省にしろ、中央から最も遠い、あるいはアクセスがやや難しい地域ということになる。中央政府がもっとも制御に手間取る地域である。

あとは、内陸において東西南北の交通の要衝に位置する湖北省・武漢がやはりこれらに続いて、地殻変動の発信源になりやすかった。

実際、1911年、清王朝を倒した辛亥革命で、中華民国が成立し、久々の漢民族政権となった、このときはどこが発火点となったかといえば、武昌起義である。

武昌は、武漢三鎮(武昌・漢口・漢陽)のことである。

2012年、尖閣諸島問題を引き金に、中国全土で反日デモが起こり(官製デモとも言われるが)、現地の日本企業や工場・店舗が焼き討ちにあうというとんでもない事件が発生した。

このとき、一番激しい暴動状態になったのが、武漢だ。

今回、再び新たな肺炎感染症発生は、武漢からだった。

もっともこれは、フランス=中国のウイルス研究所が武漢にあり、そこからウイルスが漏れた、実験失敗があった、などと憶測が出回っているように、バイオハザードであった可能性もある。

もしそれが本当であれば、生物化学兵器の問題に発展しかねないので、国際問題化するリスクもある。ゲテモノ動物食いが発端なら、論外である。

原因がどうあれ、中国当局はこの事案を、よほどうまく処理しないと、とんでもない墓穴を掘ることになりかねない。

すでに広東省では、香港、広州で度重なるデモが激化してきている。

中国共産党政府が一番恐れているのは、アメリカでもなんでもない。自国民の動静にほかならない。

武漢、広州、香港と過去200年のうち、もっとも危険な激震地が、三点セットで揃って揺れている。これは、偶然であろうか。共産党指導部も心穏ではないだろう。

中国の歴史を知っている人なら、この三地点が発信源としてニュース上に流れたとき、誰しも同じ予感が脳裏を過ぎったはずである。

しかも今回は、1989年6月4日の悪夢(天安門事件)と同じく、自由と民権が争点になっている。

先日、一人の中国人医師が、今回の肺炎感染症によって死亡した。彼は昨年12月の時点で発生を情報公開し、当局から処分された。

医師の発病の報道で、ネットは騒然となり、中国当局の言論弾圧を糾弾する声が炎上。当局はこれを削除しても削除しても、燎原の火のように広がり、とうとう、英雄扱いにした。

その医師が死んだ。当局が英雄扱いしても、時既に遅く、世論は政府の責任追及と、自由な言論を求める声が一段と湧き上がってしまったようだ。

中国のGDPは、公称6%成長だが、だれもそれを信じていなかった。

そもそも、勇気ある一教授の暴露で、実際には0%近傍であるということが、昨年明らかになっている。彼がネットで世界に向けて配信したこのレポートは即座に削除されている。

そこに新たな肺炎感染症問題である。今年は年率換算で実体としてはマイナス成長に落ち込むことはほぼ確実だろう。

ちょうど日本が長期デフレ経済に突入した97年当時の状況に、中国は陥っているとすれば、20年の長きにわたる経済停滞が続くことになる。

習近平政権が夢見る2049年の「百年マラソン」の野望は、現実になることはないだろう。

今年1月から2月にかけて、新たな肺炎感染症の拡散が加速してきた折、当局の初動の遅れが、情報の隠蔽によるものだとして、憲法学者や市民ジャーナリストが当局批判を行ったが、あいついで行方不明になっている。

広州で杜撰な道路工事によって道路陥没し、バイクや車で通過した市民たちが多数死傷した事故が起きた。

犠牲者の家族が当局に、杜撰な工事が原因だとして訴えたところ、家族まるごと行方不明になった。

こういうことがまかり通っている中国である。ネットでは、こうした暴露を削除しても削除しても、あちこちでリーク記事や批判のスレが立つ。とてもすべて潰し尽くすことはもはや不可能になってきている。

新たな肺炎感染症が猖獗をきわめている今は、まだ良い。が、これが沈静化した後、ほんとうの恐怖が共産党政権に襲いかかることになる。

あらためて、今行われている隠蔽工作が、あらためて掘り起こされることになるからだ。火種は、武漢、広東、香港に満載だ。

アンシャン・レジーム(旧体制)は、南から土台が崩れていくことになる。