なぜ、女性は従属的な存在になったのか

歴史・戦史, 雑話

これは414回目。

男女が不平等であった時代が長くありました。まだあるのでしょう。なぜ、女性は男性に対して従属的な位置づけを強いられてきたのでしょうか。

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長いこと、世界的に封建時代が続いたために、男尊女卑の社会習慣が根付いてしまった。その結果、民主主義の発展段階においても、普通選挙が施行されたといっても、一定額以上の納税者、それも男性に限られるということが一般的だった。

このように、女性というものが非常に社会的に劣後した地位を強いられていたわけだが、未だにこれは解消されたとはいいにくい。強いて言えば、完全に平等に近いのは、中国のような共産主義社会かもしれない。

アメリカですら、制度としては男女平等であり、女性の地位の向上が常日頃から訴え続けられながら、実体は意外に程遠い。

とくにアメリカ人女性の、男性への依存心、依頼心の強さは日本のそれとは比較にならないくらいである。文化性がそうさせているのかもしれないが、アメリカの家庭はハリウッド映画を見るのとは偉い違いで、大方が驚くほど家父長制的である。プロテスタントの文化が背景にあると思う。

遥かに日本のほうが、家庭にあっては「かかあ天下」と言われるだけに、家庭の実権は果たして夫にあるかどうか、きわめて疑問である

むしろ、現代の若い世代のほうが、こと家庭に入った場合に男尊女卑的な傾向が強いかもしれないとすら思う。アメリカナイズされているためかもしれない。

こうしたソフト面はともかく、ハード(組織、体制)としての女性蔑視は一体いつからこうなってしまったのだろうか?

つらつら思うに、こと日本においては、平安時代末期ごろからであろうと推察できそうだ。つまり、武家社会の成立からである。

平安時代、まだ貴族が圧倒的に実権を有していた時代、日本はどうだったかというと(もちろん特権階級の話である)母系制といってもいい社会秩序であった。

たとえば「夜這い」がそうである。母系の婚家に男が通う形態だ。男には男の別宅がある。この男性主体の住居が完全に成立し、そばに「はべる女性」としての性行為を前提とする、新たな女性層というものが生まれたのは、明らかに武家社会の成立によってであるように思う。

民俗学の専門家ではないから不確かだが、そんな気がする。実際平安時代までは、財産は母系が握り、位階(社会的地位)は父系が握るという社会秩序がはっきりしていた。

これが崩れたのが武家社会によってである。これによって女性というものは、自らが拠って立つ基盤や前提(=財産)を失ったのだ。

世の中、金がすべてである。女が金を握っていたのが平安時代までで、それ以降は男に奪われてしまったのである。

こうなると女性はどうしようもなくなる。性の商品化が顕著になっていったのもこの頃からだ。

もちろん平安時代に売春婦がいなかったわけではなかろう。人類の歴史と同じくらい古い職業だとさえ言われるくらいだ。しかし、それも程度があり、平安時代までは、さほど職業的な売春婦層というものは育っていなかったように思う。

そもそも、自由恋愛なのだ。庶民にいたっては、誰が誰の子かわからないのが当たり前であったし、みなし子も相当の数に及んでいたはずだ。

それまで平安時代というのは、原始から綿々と続いた、はっきりした権力二分構造、子孫繁栄のための男女平等な性行為から、「あそび」や「慰みもの」としての女性の商品化というものが一気に増幅していったと考えられる。これと女性の地位が零落していったのとは、ほぼ同じ軌道をたどってきたように思うのだ。

やはり男女平等社会というのは、母系的なものが残っていないと成立しないのではないかという気がする。男がだんだんだらしなくなってきたのは、武家の倫理が崩壊したからではない。それに対比した女の社会的地位が向上しなかったためである。

そんな風に思ったりしては、日々、自分の家庭でいかに自分が虐げられているかということばかり、独言のように愚痴る自身がいる。女上位なのに、どうしてうちは栄えないのだと。



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