映画音楽の話

文学・芸術, 雑話

これは405回目。

映画音楽のお話です。とくにこれという内容ではありません。いい曲だと自分が思うかより、思い出、記憶に非常に残っているものをピックアップしてみました。

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人間の生活というのは、音楽と切っても切れない関係にある。自分の昔を思い出しても、何年のことかなかなかはっきりしなくても、あの頃そういえば、この曲が流行っていた、ということで年月を特定できることもあるくらいだ。

音楽というのは、徹頭徹尾、そういう意味委では人生のバックグラウンドミュージックなのかもしれない。

映画もそうである。とくにそこで使われる音楽というものは、映像の鮮烈さや感動を、いやが上にも記憶にとどめる効果を持つ。

その音楽独自でも、十分以上に名曲なのだが、映像とともにその記憶が鮮明に蘇ってくるから不思議だ。

誰しもそうした音楽が、いくつかあるはずだ。その音楽が好きか、嫌いか、名曲かどうかはこの際問題ではない。ここではわたしの場合、思い出される音楽ということで、二三挙げてみようと思う。

ここでも以前、映画の話を書いたときに「ディア・ハンター」を挙げたことがある。そのテーマ曲は、スタンリー・マイヤーズ作曲の「カヴァティーナ」だ。

カヴァティーナというのは素朴な短い歌曲という意味であったが、抒情的な旋律を表現の主体とする小品という意味だ。さまざまな作曲家によって器楽曲のカヴァティーナが作曲されてきた。

カヴァティーナの代表的名作に、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番の第5楽章である。スタンリー・マイヤーズの「カヴァティーナ」は、基本的にギターのソロ曲だ。

映画の重厚さや哀切さを見事に描き切った名曲だと思う。

ギターのソロを聴いていただこう。

(カヴァティーナ)

 

シナリオ、配役、カットの一つ一つ、ライティング、演出や演技のすべてがこれだけ完璧に観客の心に感動を与えた映画というものを、それ以前もそれ以降も、わたしは知らない。そして、この「カヴァティーナ」のむせび泣くようなギターの音色は、そのとどめの一発だった。

この映画の中には、もう一つ非常に印象的に使われている曲がある。「Can’t teke my eyes off of you(君の瞳に恋してる)」だ。自体、名曲だから、長年にわたって多くのアーティストがカバーを出している。「ディア・ハンター」では、「カヴァティーナ」とこの「Can’t take my eyes off of you」を繰り返し、劇中で巧みに交差させているのだ。

この曲だけでも、3回は出てくる。スローバラードであったり(結婚式のシーン)、原曲に近いアップテンポのものであったりと一様ではないが、この音楽の使い方は絶妙である。この曲を使うことで、「カヴァティーナ」の深く心に染み入ってくるような悲哀が、より際立ってくるのだ。

(Can’t take my eyes off of you~劇中のクリップ。酒場でのシーン。)

 

(Frankie Valiのカバー、全曲)

 

Frankie Valiのカバー曲は、「ディア・ハンター」制作当時に全米で大ヒットしていた。ベトナム戦争の最も悲惨な戦況の中で、この曲に若者たちがそのエネルギーを爆発させていた象徴的なヒット曲である。

さて、どんどん行こう。「ディア・ハンター」を出してしまったら、もうおよそどの映画とそのテーマ曲も、色褪せてしまうのが残念だ。「ディア・ハンター」が70年代から80年代にかけてとすれば、90年代はわたしにとって、なにが印象的だったろうか。

これは、もうコテコテの青春映画で(当時わたしはすでに青春が終わってしまっていたが)、今観れば、およそ気恥ずかしくなるような映画だが、「愛と青春の旅立ち」というのがあった。

頽廃的な生活から脱出するため、海軍士官養成学校に志願する青年がいた。そこで待ち受けるのは海兵隊軍曹の鬼教官だった。脱落者が続出する激しい教練をこなしながら、友情や恋愛などお約束の出来事を織り込んでいる。成長していく一人の青年の姿を描いた、ハッピーエンド。

主演は大根役者のリチャード・ギアである。映画自体は、いかにも古き良きアメリカという、定番の内容だといっていい。おそらく、これが佳作以上の評価を得ているとしたら、おそらくテーマ曲、「Up Where We Belong」の効果が大きかったのではないか、と思う。

定番の青春ドラマを、歌が盛り上げている。ジョー・コッカーとジェニファー・ウォーンズの主題歌だ。

(Up Where We Belong)

 

おそらくこの映画は、後に1986年に公開された、トム・クルーズ主演の「トップ・ガン」につながっていく、同じテイストだろう。

こうした、いかにもアメリカ的な青春賛歌とは、真逆の映画がある。1969年公開の「真夜中のカウボーイ」だ。若き日のジョン・ボイト(アンジェリーナ・ジョリーの父親)とダスティン・ホフマン共演の、これも青春映画だ。しかし、テイストはあまりにも悲惨かつ、悲哀に満ちている。

田舎からNYに飛び出してきて、一旗揚げようとする青年と、すでにNYでドロップアウトして、社会の底辺にすくっている男との出会いと別れである。夢のフロリダを目指す長距離バスの中で、ダスティン・ホフマンは失禁しながら、息絶えていく。

フレッド・ニールの「うわさの男(Everybody’s talkin’)」だが、劇中で使われているのは、ハリー・ニルソンのカバーだ。失意の連続のストーリー展開とは裏腹なカントリー調で、それがかえって哀切さを呼び起こす。私は、妙にこの映画と音楽のコントラストが気に入っている。

(ハリー・ニルソンのEverybody’s talkin’)

 

映画そのものは、どうなのかと思うが、テーマ曲が映画を名作にしているというケースは多いと思う。あるいは、名作「として」語られることが多いと言った方がいいかもしれない。

わたしはませていたのか、小学校の頃から映画が大好きだった。少年期、外国というものに異常に心を惹かれるようになっていったのは、映画「慕情」であった。1955年制作の映画だから、50年代の香港がスクリーン一杯にあふれている。偶然、ずっと後年、二度にわたって80年代から90年代、香港に長く居住する機会を得たこともあって、映画の随所にみられるシーンを、現地で追体験することになった。それが、この映画を忘れられないものにしている。とくに、テーマ曲(Love Is a Many-Splendored Thing)は、悲恋物語を否応にもドラマティックにさせている。

(慕情)

 

さてみなさまの記憶にどういうわけか残っている映画音楽とはなんでしょう。



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