静寂と沈黙の音が聴こえる

文学・芸術, 雑話

これは、444回目。音楽の話です。
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こういう書物では、音楽の話が一番むずかしい。絵画や芸術であれば、まだ画像で届けることができるが、音楽となるとどう説明しようとしても無理がある。

形が無いからだ。
聴こえた瞬間にも、それは消えていく。

ただ今はyoutubeに代表されるような動画という便利なものがあるから、そのものを届けることができるので重宝だ。

さて、音楽なのだが、以前、ずいぶん前のことになると思うが、登山写真家の言葉を引用したことがある。彼は、山でシャッターを切るときに、音が聞こえるというのだ。静寂という音が。その瞬間にシャッターを切るというのだ。

これはなかなか理解が難しい。

が、なんとなく言わんとすることは、わかるような気もする。

ほとんど神の領域と言ってもいいくらい、感性にかかわっている。

しかしこの「静寂という音」が聞こえると、音楽で言った人物が、少なくともわたしは一人知っている。

ロシアの作家、ゴーリキーだ。

彼は、ラフマニノフの前奏曲などを聴き、「彼は何とよく沈黙に耳を傾けていることだろう。静寂というものを聴くことができるようだ。」と感嘆したそうである。

先述の登山写真家の境地に近いものを、たぶんラフマニノフの音楽にゴーリキーは感じ取ったのだろう。

音楽は音の連続であるから、そこに沈黙や静寂を聴き取るということは、物理的にはありえない。が、そう聴こえるというところがラフマニノフの特徴かもしれない。

バッハや、モーツァルト、ベートーベンという古典派になればなるほど、形式が非常に厳格に決まっており、沈黙や静寂を表現することは至難の技だ。
そう思って聞けば、アリアなどにはそれを感じることはもしかしたらあるかもしれない。
不幸にしてわたしは、古典派の音楽でそれを感じたことはない。

が、ロマン派以降になってくると、形式に古典派ほど厳格なものではなくなった為か、わたしのような素人の音楽好きにも、それとわかる静寂や沈黙の表現というものがわかる。
いや、わかったような気がしているだけかもしれないが。

先のゴーリキーが感嘆したというラフマニノフは、たしかにそうである。
もしかしたら、とくにわたしがラフマニノフを好むのも、ゴーリキーが言うような沈黙や静寂を見事に楽曲の中に表現しているためなのかもしれない。

わたしが、今年、怪談の連作を書いた。
この「閑話休題」にも、紹介しているが『御坊 夜伽草子(おんぼう よとぎそうし)』というもので、合計20編の短編の叢書だ。

その最終輪(第二十夜)の『パニヒダの夜に』という短編がある。

【怪談短編20話】御坊 夜伽草子https://maho.jp/works/15591074771453161315

冒頭から、実はラフマニノフの交響曲第2番第3楽章に登場願っている。
小説のことだから、どこまで読者にその感覚を届けることができたか、まったく自信はない。

が、あの第二十夜の話には、うってつけの楽曲だと思ったのだ。
それこそが、死と再生の中間(中陰)に存在する神秘的な沈黙と静寂という概念だった。

偉そうなことを言っているが、文字にすればそういうことになる、というだけの話だ。

もし、あの短編集をお読みになっている方がいたら、一度ラフマニノフの交響曲第2番第3楽章を改めて聴いていただけば、その感覚はストレートに届くはずだ。

短編の中では、原曲(交響曲)をピアノのソロ演奏用に編集したもの、として扱っている。
実際、ラフマニノフが1906年にペテルスブルグで初演して以来、現在に至るまで、多くのピアニストが個性的に原曲の交響曲をピアノソロ演奏用に編集している。

最近の若い日本のピアニスト、角野隼斗さんの編曲による自身の演奏を紹介しておこう。
かなり、個人の解釈が前に出ているほうだと思う。
彼自身も、多くの作曲家の中で、とりわけラフマニノフが好きだと言っていた。
どれだけ、心を震わせられたことかと述べている。

角野隼斗編曲:

一応、ラフマニノフに敬意を評して、原曲の交響曲も付しておく。
スヴェトラーノフ指揮のラフマニノフ交響曲第2番第3楽章:

(ちなみに、『パニヒダの夜に(二十夜)』や、その発端となる話『木曜島から』で登場するロシア人女性、スヴェトラーナ=魔女は、このスヴェトラーノフから女性名にして拝借した経緯がある。わたしが聴いている中で、この曲に関しては、ロシア人指揮者スヴェトラーノフのものが、一番ロシア・センチメンタリズムが炸裂していると思うゆえ。)

実は、わたしが音楽で、その「静寂と沈黙」を聴くことができた、と思うのは、このラフマニノフ以外にもあるのだ。
リストである。
ついでなので、それも紹介しておこうと思う。
言わんとすることが、届くだろうか。

リスト、『詩的で宗教的な調べ 3.孤独のなかの神の祝福(今井顕演奏)』

好みが影響しているのだとは思うが、天才というのは静寂や沈黙の音というものを作り出すことができるらしい。



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